大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和38年(ヨ)723号 判決 1964年6月26日

申請人 田淵卓男

被申請人 コクヨ株式会社

主文

被申請人は、申請人を従業員として取扱い、かつ申請人に対し昭和三七年一一月二八日以降一ケ月金一七、四〇〇円の割合による金員を、毎月二六日限り支払え。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者の求める裁判

申請人は、主文と同旨の判決を求め、被申請人は、「本件仮処分申請を棄却する。申請費用は申請人の負担とする。」との判決を求めた。

第二、申請人の主張

一、(1) 被申請人(以下単に会社という)は、肩書地に本社及び今里工場を、大阪市東成区深江西之町に深江工場を、八尾市内に八尾工場を有し、従業員約二、〇〇〇名により便箋、ノート、帖簿等の文書用品の製造販売を行つている会社である。

(2) 申請人は、昭和三〇年一〇月臨時工として会社に雇われ、昭和三一年一月二一日から本工になり、今里工場単式活版科、深江工場便箋活版科、今里工場凸版印刷科、八尾工場凸版印刷科等に所属し、印刷工をしていたもので、解雇時毎月二六日に平均一七、四〇〇円の賃金を得ていた。

又申請人は、本工になると同時に黒田国光堂労働組合(現在の名称コクヨ労働組合、以下単に組合という。)に加入し、帖簿支部(深江工場)執行委員、同支部長、中央委員、中央副執行委員長、中央執行委員等を経て昭和三六年二月から同年八月まで中央執行委員長をしていた。

二、ところで申請人は昭和三七年一一月一七日の組合大会並びに同月二〇日組合員の一般投票により、組合から除名処分をうけたところ、会社は、同月二七日附で申請人に対し、右除名を理由に労働協約第五条を適用して申請人を解雇する旨の意思表示をなした。

三、しかし、右解雇の意思表示は次の理由により無効である。

(一)  組合の除名処分の無効

組合の申請人に対する除名処分の理由は次のとおりである。

(イ) 昭和三六年五月一七日会社は組合に対し、深江工場単式便箋製本科の従業員九名を同工場リーフノート科に配転(配置転換の意以下同じ。)する旨申入れたが、申請人は、当時中央執行委員長の地位にありながら、機関決定のない個人的見解のもとに、同月二〇日から、二二日までの間本社正門前で、右配転反対のハンガーストライキを行なつたこと、そのため当時の組合運営に著しい支障をきたしたこと及び右ハンガーストライキを行なうについて、組合規約第五五条所定の争議行為の手続をとらなかつたこと

(ロ) 同年二月七日会社が同工場の従業員九名を当時新設の神路工場へ配転した問題については、同月二〇日の中央委員会において組合として大阪地方労働委員会(以下単に地労委という。)に提訴しないことに決定していたにも拘らず、申請人はこれを無視し、同年八月五日組合の名で地労委に対し、右配転が不当労働行為であるとして救済申立をなしたこと

(ハ) 申請人が前記ハンガーストライキに入つた当日、所定数の組合代議員から同年五月二三日に臨時大会の開催を要請されており、当時申請人が大会招集責任者であつたにも拘らず、右ハンガーストライキを続行したため、大会の開催が同月二九日まで延期されたこと、その間に配転職場である深江工場便箋製本科においては、配転を不当とする就労斗争が行なわれたがこれを指導する中央執行委員会が一度も開かれず、かつ右就労斗争は機関の承認なく行なわれた。これらの責任はいづれも申請人が負うべきものであること

(ニ) 申請人は、同月二九日に開催された第二回臨時大会の運営責任者であつたところ、同大会は傍聴者等により混乱したが、この責任は申請人が負うべきものであること、

以上のうち(イ)は組合規約第五九条第一ないし第四号に、(ロ)は同条第一、三号に、(ハ)は同条第一、二号に、(ニ)は同条第五号に該当するというのである。

(1) 除名理由の不存在

しかし、本件ハンガーストライキは、前記リーフノート科の配転問題について、同月一八日の中央委員会が配転撤回のため妥協のない斗いをやる旨の執行部提案を可決し、配転対象者の配転を拒否して斗う方針を承認したところから、申請人ら執行部四名が、中央執行委員会の支持を得て右決定の具体的実践として行なつたものであり、組合の機関決定を無視して行なつたのではない。

又本件ハンガーストライキは、抗議の意思表示の方法として行なわれたものに過ぎず、正規の争議行為とは異るから、組合規約所定の手続を経る必要はない。

次に申請人が、機関の承認や協力のもとに自ら配転反対斗争の先頭に立つて行動したのは、それ自体組合役員の職務行為であり、右ハンガーストライキを行なつた故に申請人が正当な理由なく役員としての義務を怠つたといい得ないばかりでなく、申請人は右ハンガーストライキを実施するに際し、執行委員長の平常職務を組合書記長に引継ぎ、平常の機関運営に特別の支障をきたさない措置をとつており、中央委員会や臨時大会の開催が延期された件はいづれも円滑に行なわれ、これに関して当時申請人に対する非難決議がなされた事実はない。又便箋製本科で行なわれた就労斗争は、前記五月一八日の中央委員会でその支援を決定しており、右配転拒否を指導する中央執行委員会も当時毎日開かれ、対策を協議していたのである。

次に除名理由(ロ)については、昭和三六年八月組合が右リーフノート科の配転を不当労働行為として地労委に救済申立をした際、神路工場の配転問題についても当該配転対象者が新たにこれを個人提訴することに決し、その申立書作成の手続中申請人不知の間に実務担当者の手違いによりあたかも組合も申立人であるかの如き組合と個人双方申請形式の申立書が作成せられ、地労委に提出されたのである。従つて申請人は、右神路工場配転問題について組合名義の提訴がなされていることは全く知らなかつたのであり、かかる過誤を在任中看過していたことの責任はあるとしても、これを以つて懲戒責任を問われるべき筋合のものではない。

最後に除名理由(ニ)については、臨時大会の混乱は、自発的に参加した外部労働者に対し会社が意識的に非組合員や一部の職制組合員を動員して挑発をしかけたことにより生じたもので、申請人は極力混乱の制止に努めたのであり、その混乱の責任を追及される理由はない。

以上要するに、前記除名理由はいづれも事実の誤認又は事実に対する評価の誤りにもとづくものであつて、組合規約第五九条の懲戒事由に該当しない。

(2) 組合規約違反

申請人は共産党員であるが本件除名処分は、一部の組合幹部が会社と通じ、申請人の共産主義的思想ないし信条の故に、申請人を組合より排除しようとする意図のもとになされたものであり、組合規約第六条、第十条、憲法第十九条、第二一条に違反し無効である。

昭和三六年五月一一日、上級の職制組合員を中心とし「組合内における共産党又は容共的団体の活動を排除して、組合の綱領と民主的な性格を守ること」を会則に掲げてコクヨ労組民主化同盟(以下単に民同という。)が結成され、以来会社の庇護のもとに、その利益を代弁してきたが、昭和三六年八月の組合役員改選期には、多数の組合員を擁し組合役員のほとんど全部を独占するに至つた。

その後組合は民同に支配され、徹底した容共排除方針を打ち出すと共に、一貫してその具体的措置をとりつづけ、(a)旧執行部につながると考えられる一切の啓蒙活動は容共勢力の温床としてこれを禁止し、(b)旧執行部支持者に対し、工場内での孤立化を計り、又職制の地位を利用し会社業務に藉口して、非人道的措置を加える等の個人攻撃をなし、殊に深江工場リーフノート科の紙揃機械職場等においては、必要以上の苦役を強制し、そのため同職場に配転された婦人組合員一一名中七名に退職を、一名に休職を余儀なくなさしめ、(c)執行委員会に理由を明らかにしないで欠席の申し出をしたという極めて特異な理由により、昭和三七年一月一二日旧執行部支持者の一人である八尾支部婦人部長の解任を決定し、(d)昭和三七年六月申請人ほか一四名に対し、組合統制会議を設置したが、民同はこれについて、「容共組合員の一連の反組合運動を、組合として統制を保つてゆくために放置できず、又組合内部の問題に政党の介入を許さないためにも今回の統制会議の開催となつた。」旨その理由を明らかにし、(e)最後に、申請人らに対する統制問題の提起とその実施による容共排除措置を具体化するため、昭和三七年四月頃会社との間に、この場合容共分子を排除するために使用されうるユニオンシヨツプ条項を含んだ労働協約を締結した。

以上の経過に徴し、申請人が組合の所謂容共分子の中心的人物とみなされていたことや、本件除名処分の理由が通常の組合運営の中では問題にならない理由であること等により、本件除名処分は組合の容共排除措置のもつとも重要なものの一つとして実施されたことが明らかであり、申請人の政治的信条を理由としてなされたものにほかならない。

(3) 統制権の濫用

本件除名処分は、その理由がないのみならず、組合の懲戒権の著しい濫用にわたるものであり無効である。

労働組合の統制機能は、団結権に基礎をおくものではあるが、団結を強固にするということ一般に作用するものではなく、本来の労働組合活動を否定するような反組合的言動、団結破壊行為に対してのみ発動されるものであつて、単なる主義主張の相違とか、組合運営方針の是非等はその機能の範囲外にあるものと解すべきである。

しかるに本件除名処分は、実質的には申請人の活動によつて代表される従来の組合活動に対してなされたものであり、民同支配後の組合が、民主化の名のもとに、従来の本来的労働組合運動を弾圧する意図を有するところから導かれたものであつて、労働組合の本来の統制権の行使とは異質であり、法的効力はない。

又、本件除名処分は右の事情により恣意的に強行され、且つ従前の組合の懲戒処分に比較し、著しく過重であり、殊にユニオンシヨツプ協定の存する場合、除名処分に付されることは労働者にとつて死刑の宣告に等しいものであるから、本件の処分は会社内組合の処分として著しく苛酷である。

(二)  不当労働行為、労働基準法第三条違反による無効

申請人に対する本件解雇は、申請人が労働組合の正当な行為をしたこと、及び申請人の有する共産党員としての信条及びそれに基く正当な行為をしたことを理由とするものであり、労働組合法第七条、労働基準法第三条に違反し無効である。

組合は発足以来昭和三六年九月民同による組合支配が始るまでは、労働者の利益を図る機関として会社とは独立の立場で種々の活動を行なつてきた。

申請人は昭和三五年九月中央執行委員に選出されたが、当時申請人ら執行部は、低賃金等の劣悪な労働条件を改善すべく、まず同年の年末一時金斗争に取り組み、一律四、五ケ月分支給、合理化計画実施に対する事前協議、配転に対する事前協議、労働時間短縮等の要求を決定し、同年一一月三日臨時大会でスト権を確立し、同月五日中央執行委員会にスト権が移譲されたのち、要求貫徹のため同月一七日組合結成以来始めての一二時間全面ストライキを実行した。

会社は、組合の経済斗争が次第に烈しくなり、特に争議権の背景のもとに斗われるといつた組合の体質変化を強く嫌厭し、かかる体質変化の根源である組合のいわば革進勢力を徹底的に弾圧し、根絶しようとし、殊に昭和三五年九月の組合役員の交替後、組合活動に対する具体的な介入を始め、(a)昭和三五年二月従来の三支部制による工場委員会制度を撤廃し、新たに勤労部を設けて労務管理機能を強化し、組合活動を制約する反面、労資協調と反共主義を宣伝し、昭和三六年一月には一七〇名位の職制を一挙に三八〇名に増員して職制機構の強化、組合機能の弱化を計り、(b)昭和三五年九月の組合役員交替後、組合専従者六名に対する賃金保障を一方的に打切り、又就業時間中の組合活動を事実上大巾に制限し、サークル活動又は組合自体の会議のための会場使用も、できるだけ許可しない方針をとり、(c)特に年末斗争においてスト権確立をみて以来、組合執行部に対し露骨な敵意を示し、事業所内にはり紙をなし、或いは組合員やその家族を個別に説得する方法で中傷宣伝を行なう等公然たる非難中傷を加え、(d)組合の専門活動、サークル活動等に対し、一切の会場使用を禁止し、又組合員に半強制的に不参加をしようようする等により、次第に組合活動家を孤立させ、(e)昭和三五年の年末斗争以来しばしば懲戒権の発動を組合運動の弾圧に用い、(f)昭和三六年に入るや、積極的な組合活動家を孤立化させる意図で、前記のとおり同年二月に組合活動家七名を含む九名を神路工場に、同年九月に深江工場の組合員九名を同工場リーフノート科にそれぞれ配転し、その他科内移動と称して組合員に対する意識的な配転を継続した。

こうしたなかで、昭和三六年五月一一日前記民同が結成されたが、その性格は、組合内の革進勢力を弾圧して組合を御用化するを唯一の目的とした職制組合員を中心とする従業員組織であるところ、会社は結成以来一貫して民同を支持し、民同に対し、施設、備品の供与、時間中の民同活動の公認等の便宜供与をなし、反面組合に対し、前記攻撃を続けることにより前記のとおり民同の組合支配を可能ならしめた。

昭和三六年九月以降民同の組合支配によつて、会社は組合御用化の目的を一応達成したが、民同支配を不動のものとするために、民同支配以前の組合勢力を根絶しようとし、民同幹部と一体となつて、申請人らに対し、前記(一)(2)(組合規約違反による除名処分の無効)において述べた容共排除のための具体的措置をとるに至り、最後に民同、組合と共に、統制権による懲戒処分により申請人らを企業から排除することを企図し、申請人に対する本件組合の懲戒処分と会社の解雇を実行したものである。

以上のとおり、申請人に対する本件解雇は、会社の一貫した組合弾圧ならびに容共排除の意図によりなされたもので、労働組合法第七条及び労働基準法第三条に違反する。

(三)  本件解雇の理由が就業規則の解雇制限条項に違反すること、若しくは労働協約締結以前の事実を理由とする除名処分について、右協約(ユニオンシヨツプ協定)を適用したことによる無効。

会社は、労働協約締結の後である昭和三七年一一月一日既存の就業規則を改正し、第一八条、第一九条において解雇制限条項を新設したが、右解雇事由には労働協約第五条のユニオンシヨツプ条項に相当する事由は含まれていない。

労働協約と就業規則の関係については、労働協約は、労働者の権利保障の面において就業規則に優先して適用される規範であると解せられるから、本件のような場合には、会社は、労働協約における労働条件の基準を改正された就業規則の基準まで引き上げることに同意したとみることができる。

従つて会社は、右就業規則の制限解雇事由により解雇権行使の範囲について制限をうけるものと解すべきである。

本件解雇は、右解雇事由に該当しない事由によつて行なわれたもので、就業規則の解雇制限条項に違反し無効である。

又本件労働協約は、昭和三七年四月会社と組合との間に締結されたものの如くであるが、申請人に対する組合の除名処分は、いずれも右協約締結前である昭和三六年中の事実を統制理由とするものであつて、労働協約締結以前の事実にもとづく統制処分について、右協約(ユニオンシヨツプ協定)を適用することは、ユニオンシヨツプの性質上許されない。

四、以上により本件解雇は無効であるから、申請人は会社に対する従業員地位確認の本訴を提起すべく準備中であるが、申請人は労働者であつて、解雇後アルバイトと支援カンパによつて生計を支弁しており、本訴の確定をまつていては生活上著しい損害を蒙るおそれがあるので、申請の趣旨のとおり本件申請に及んだ。

第三、被申請人の答弁並びに主張

一、申請人の主張事実一、二はいずれも認める。

二、会社は、昭和三七年二月一日組合と協議のうえ就業規則を制定実施(但し甲第五号証の二の第二四条中交替勤務の規定を除く部分、尚同年一一月一日右交替勤務に関する規定を設けて現行の就業規則とした。)し、第一八条で解雇事由を例示的に列挙したが、その後同年四月一四日組合と労働協約を締結した際、組合の申し入れに応じ、同協約第二五条に解雇事由を制限して規定した。

会社の申請人に対する本件解雇の意思表示は、申請人が組合を除名されたので、労働協約第二五条第四号、第五条所定の解雇事由に該当したところにより、行なわれたものである。

三、(一) 申請人に対する組合の除名処分は、申請人主張の処分理由(イ)ないし(ニ)に要約されているが、そのままにその理由があり、かつ必要性、手続並びに処分内容等いずれの点においても、何等瑕疵がない。

申請人の除名処分無効の主張に対する答弁は次のとおりである。

(1)  除名理由不存在の主張部分について

会社が神路工場への配転並びにリーフノート科への配転を行なつたのは事実であるが、これらはいずれも会社の純粋な業務上の必要からなされたもので、会社がしばしば行なう通常の配転に過ぎない。

現に右神路工場配転問題については、当時組合の中央委員会が右配転は不当労働行為ではないとの理由から、地労委に提訴する旨の執行部提案を否決していた。

又右リーフノート科配転について、申請人は中央委員会において執行部提案が可決された旨主張するが、同委員会においては、委員の中から反対趣旨の提案がなされ、採決の際両案の支持者が同数であつたにも拘らず、このような場合の一般的法則に反し同委員会の議長が採決に加わり、右執行部提案を可決させたいきさつがあつた。

しかるに申請人は、右のような瑕疵のある決定を、更に拡大解釈し、除名理由(イ)(ハ)(ニ)の各統制違反をなした。

(2)  本件除名処分が申請人の思想信条を理由としてなされたとの主張は否認する。

右主張の徴表として主張する部分のうち統制会議が設置されたこと、八尾支部婦人部長が解任されたこと、労働協約が締結されたこと等は事実であるが、申請人が共産党員であること、組合の容共排除方針、組合の内部事情等は不知、その余は争う。

会社が民同の成立並びにその活動について、利益ないし便宜的供与をなしたとの主張部分はすべて争う。

申請人らは、労働者の経済的地位の維持向上という労働運動の目的を軽視し、現実の斗争においても過激を極め、一般組合員大衆の意思を顧慮せず、事毎に紛争を醸成して会社と対決した。

民同はこのような申請人らの誤つた組合指導に対する一般組合員大衆の批判の発現と解せられる。

(3)  本件除名処分は、前記のとおり組合の統制維持のために必要且つ妥当な措置であるから、申請人が統制権の濫用を主張するのは当らない。

(二) 次に会社の申請人に対する本件解雇が不当労働行為であり、且つ労働基準法第三条に違反する旨の主張について

会社は、申請人を代表者とする組合執行部やこれに同調する一部組合員の不当な行動に対し、会社業務の混乱を避けるため自衛の手段を講じたことはある。しかし会社が組合活動に支配介入をなしたとの主張は争う。

会社は戦後急速に事業の規模が拡大したのにひきかえ、経営管理機構がほぼ従前のままであつたので、昭和三〇年頃から逐次営業資料、経理、勤務、人事等すべての部門について、その機構人員を現在の事業規模に合致するように改革してきた。申請人が労務管理及び職制機構の改革として主張するものもその一環として行なわれたものである。

その他申請人主張の事実中、組合専従者の賃金保障を打切つたのは、会社が組合と話合のうえ、当然のことながら右のような変則的状態を解消したまでのもの、就業時間中の組合活動や会社施設の利用制限も従来放縦に流れていた点を職場秩序正常化のため、協約、規則に定めたところまで引戻すためにとつたもの、配転や科内移動の問題については前記のとおり、会社においてしばしば行なわれるもので、これらにより特定の組合員を孤立させようとする意図等はなかつたのである。その余の部分はいずれも事実に反する。

申請人は、結局申請人の組合活動並びにその容共思想の故に、会社が民同幹部と一体となり本件解雇を行なつた旨主張する。

しかし前記のとおり民同は、申請人らが一般組合員大衆と遊離した結果、申請人らに対する批判として組合内部で結成されたのであつて、その後組合員大多数の支持を得るに至つており、会社が申請人を解雇するために民同を育成し、利用したような事実はない。

(三) 最後に組合の除名処分を原因として適用される労働協約のユニオンシヨツプ条項は被除名者の従業員としての地位に関する会社、組合間の取り決めであつて、それ自体懲戒を定めた組合規約とは異り、たとえ懲戒事由発生後締結されたものであつても、刑罰的法規における事後法の原理を適用する余地はない。

四、申請人は本件解雇後、地域合同労働委員会の役員等をし、且つ昭和三九年二月申請外岡崎加津子と婚姻し、同人は被申請会社の従業員として会社より賃金並びに賞与金を得ているから保全の必要性はない。

以上により、申請人に対する本件解雇の意思表示は有効であつて、本件仮処分申請は失当である。

第四、疎明<省略>

理由

一、申請人の主張事実一、二はいずれも当事者間に争いがない。

二、申請人は、被申請人の本件解雇の意思表示が、就業規則に制限的に列挙せられている解雇事由のいずれにも該当しないから無効である旨主張し、被申請人は、右就業規則の解雇事由は例示的列挙で、被申請人の解雇権を制限するものではないこと、会社は右就業規則の実施後、組合との間にユニオンシヨツプ条項を含む労働協約を締結し、その際には解雇事由を制限的に規定したが、本件組合の除名処分は右労働協約第二五条第四号(第五条)の解雇事由に該当する旨主張するので、先ずこの点から以下判断する。

(1)  いずれも成立に争いのない甲第五号証の一、二、同第六号証、文書の形式、内容並びに弁論の全趣旨により成立を認める乙第五号証の各書証によると、昭和三二年五月一六日から会社で実施せられた就業規則(甲第五号証の一)には、懲戒解雇の場合を除き、一般解雇について特に解雇事由を明示していなかつたこと、昭和三七年四月一四日会社と組合の間に締結された労働協約には

第五条 (除名された者の取扱) 組合より除名された者は原則として解雇される。但し会社が解雇を不適当と認めた場合は組合と協議して解雇しないことがある。

と規定してユニオンシヨツプ制を採用し、同時に

第二五条 (解雇) 会社は次の各号の一に該当する場合のほかは組合員を解雇しない。当該事項発生のときは事前にこの事を組合に通告する。

一、懲戒審査委員会による解雇処分が決定したとき

二、就業規則第一八条第一号第二号に該当したとき

三、天災地変その他やむをえない事由によるとき

四、第五条及び第六八条に該当したとき

第六八条 (不法争議禁止) 組合の正規の機関の正式指令に基かずに争議行為又はこれに類似の行為を行い本協約並びに就業規則に違反した組合員を会社及び組合協議の上、解雇することができる。

として解雇制限規定を設けていること、その後昭和三七年一一月一日前記就業規則が改正され、新たに一般解雇に関し

第一八条 会社は従業員が次の各号の一に該当したときは解雇することができる。この場合少くとも三十日前にその予告をする。三十日前にその予告をしない時は法令に定めた平均賃金を支払う。

<1>  技術、能率又は勤務成績が低劣にして上長の指導を受け乍らなお進歩改良の見込がないとき。

<2>  会社の経営方針に反対する思想を持ち、その主義思想にもとづく行動をすることにより会社の秩序をかく乱し又は会社の施設に物的損害を与えたとき。

<3>  懲戒解雇されたとき。

但し三号において行政官庁の認定を受けたときは予告期間を設けない。

第一九条 会社は天災事変その他やむを得ない事由のため事業の継続が不可能となつた時は従業員を解雇する。この場合行政官庁の認定を受けたときは予告期間を設けない。

との規定を設けていたこと(甲第五号証の二)の各事実が疎明せられる。

もつとも、右労働協約第二五条第二号は「就業規則第一八条第一号第二号に該当したとき」と規定してあるのに、その後に改正された就業規則(甲第五号証の二)中にこれと対応する規定があり、改正前のそれ(同号証の一)には対応する規定を欠いている。又被申請人は、昭和三七年一一月一日改正の就業規則は、第二四条中の交替勤務規定を除いて、労働協約締結の前である昭和三七年二月一日から実施されていた旨主張するが、甲第五号証の一、二の各書証には前記認定に副う改正経過が記載されており、これらの疎明によつては右主張事実を認めることができないし、他に前記認定を覆すに足りる疎明はない、

(2) ところで、右労働協約第二五条の規定は、その文言自体解雇事由を限定したことが明らかであるが、昭和三七年一一月一日に改正された就業規則(以下同じ。)第一八条が解雇事由の所謂限定列挙規定であるかについては、同条が「会社は従業員が次の各号の一に該当したときは解雇することができる。」という規定の方法をとりその文言自体からは必ずしも限定的列挙とは即断し難いが、元来期間の定のない雇傭契約については当事者は何時にても解約の申入をなすことができる(民法六二七条)ことを考えると、解雇権行使を自ら制限した趣旨に解釈されること、第一九条によつてやむを得ない事由による事業継続不能の場合の解雇が掲記されていること、従つて、右第一九条の解雇事由と第一八条の列挙する解雇事由を綜合すると、前記一八条を制限列挙と解しても、差当つて実際上著しい不都合な結果が生ずるとも思われないこと、前後して締結された労働協約において限定列挙をしていること等から、特定の解雇事由を限定的に列挙したものと解せられる。

(3) 従つて被申請会社は、労働協約で解雇基準を規定したのちに、就業規則によつても解雇事由を制限的に規定したものと解するほかないのであるが、労働協約第二五条所定の解雇事由のうち第四号の事由は就業規則に含められておらず、又同条第三号に相当する就業規則第一九条の規定は、就業規則の方がやや制限されている。

労働協約で解雇基準を規定した部分は、労働者の権利保障の面で所謂規範的効力を有すると解せられるが、本件では就業規則によつて、個々の労働契約上更にこれを上廻る制限的な解雇基準を規定したとみるほかはない。

労働協約と就業規則の関係について、労働基準法第九二条第一項は「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。」と規定しているが、同条第二項によると行政官庁が労働協約に抵触する就業規則の変更を命じ得る旨規定していること、労働協約や就業規則のそれぞれの機能等を考慮すると、右規定は就業規則によつて労働協約の基準以上の労働条件を設定することまでを否定する趣旨は含められていないと解することができる。

本件の場合、解雇事由の制限は個々の労働者にとつて有利なものであるところから、前記法条の関係で特に右就業規則の効力を否定すべき理由はないと考えるのが相当である。

(4) 就業規則によつて解雇事由を制限した場合、会社はこれに拘束され規定外の事由にもとずく解雇をなし得ないと解せられるところ、本件申請人に対する組合の除名処分は、労働協約第二五条第四号の解雇事由に該当するが、就業規則第一八条各号の解雇事由には該当しない。

会社が就業規則の制限解雇事由に、右労働協約第二五条第四号に相当する事由を含めず、労働協約を上廻る解雇制限を規定したとみられることは前に説明したとおりであるから、本件解雇の意思表示は右就業規則の解雇制限規定に違反し、無効である。

三、申請人が、被申請会社から当時毎月二六日限り平均一七、四〇〇円の賃金を得ていたことは当事者間に争いがなく、本件解雇の意思表示がなされた昭和三七年一一月二七日以降被申請会社は申請人を従業員として取扱わず、かつ同日以降の賃金の支払を拒んでいることは弁論の全趣旨によつて明らかであるし、作成者の署名押印により成立を認める甲第二号証によると、申請人は会社からうける賃金で生活を維持するほかないことが疎明せられ、本件仮処分を求める必要があると認められる。

四、以上により申請人の本件仮処分申請は、爾余の判断を省略して、その理由があるから保証を立てさせないでこれを容認することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮崎福二 荻田健治郎 田中貞和)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例